JORNALIST’S EYE
2021.11.29

次の御三家の座を狙う、30代のジャパン・ブランド5選

コロナ禍前は年間250本以上のファッションショーを取材し、数えきれないほどの展示会を長年にわたって見続けているファッションジャーナリストの増田海治郎。彼が「いま知っておくべき日本ブランド」をピックアップしてお届けする不定期連載の1回目は「次の御三家の座を狙う、30代のジャパン・ブランド」について。



Text : Kaijiro Masuda(Fashion Journalist)
Edit Yukihisa Takei(HONEYEE.COM)

COMME des GARÇONS、Yohji Yamamoto、ISSEY MIYAKEのいわゆる“御三家”の次を担うジャパン・ブランドの筆頭は、阿部千登勢のsacaiと高橋盾のUNDERCOVERだろう。2人はともに50代。その下の40代もMaison MIHARA YASUHIROの三原康裕、takahiromiyashitaThesoloist.の宮下貴裕ら人材が揃っていて、さらにはその下の世代も着々と育ってきている。この企画では、次に世界でブレイクする可能性の高い日本の30代のデザイナー、20代のデザイナーを2回に分けて、極めて個人的な視点で紹介する。初回は30代デザイナー編。

◉BED j.w. FORD

そこはかとなく漂うエレガンスと色気

以前ほど確固たるものではなくなったけれど、ファッション、とくにモードの世界にはトレンドというものがある。その大きな流れを作れたら本当に素晴らしいけれど、それができるのは世界のほんの一握りのデザイナーのみ。時代の流れに乗るのか乗らないのか。ほとんどのデザイナーはその選択を常に迫られる。

VETEMENTSが世を席巻した2016〜2017年。世の中のモードのほとんどがストリートとオーバーサイズに振れ、以前の価値観では“ちょっとダサい服”がトレンドに浮上した。2017年春夏シーズンに東京コレクションで初めてショー形式で発表したBED j.w. FORD(ベッドフォード)は、そのトレンドに真っ向から異を唱えた。

“バトル・ドレス・ジャケット”をテーマにしたコレクションは、西洋のテーラードの伝統、常識を切り刻みつつも、とても品があった。2010年のデビュー以来、彼が作る服はシーズンごとに進化しつつも、核の部分は何も変わっていなくて、それはショーを始めてもブレなかった。フィレンツェで見てもミラノで見てもパリで見ても、一目で慎平と分かる服。シーズンごとに新しさが求められるランウェイの舞台で、悪く言えばかわり映えしないことを否定的に捉えていた時期もあったけど、今では逆に尊敬している。ショー形式で見せるデザイナーで、これほど芯がブレない人は世界的に見ても珍しく、それは確固たる美意識があるということ。ランウェイに常に新しいものを求めがちな自分の物差しを修正するキッカケにもなった。

彼の作る服はワークウェアやスポーツウェアを作ろうとも、独特のエレガンスと色気がある。ここ数年、東京の20代の若手が作る服がその方向に振れてきているのは、少なからず彼の存在が影響していると思っている。型数を絞った2021年春夏、2021-22年秋冬は、BED j.w. FORDの軌跡が凝縮されたかのようなコレクション。3年ぶりに日本でショー形式での発表となった2022年春夏は、これまではあまり感じられなかった和の要素が西洋のエレガンスと溶け合い、ショーを始めてから最も進化を感じさせるものだった。新時代の東京エレガンスのトップランナーとして、コロナ明けのパリで品良く暴れ回ってほしい。

▶︎プロフィール

山岸慎平。1984年、石川県生まれ。ジェネラルリサーチを経て、2011年春夏にBED j.w. FORDをスタート。2016年に東京ファッションアワードを受賞し、2017年春夏に東京コレクションに初参加。2018年にピッティ・イマージネ・ウオモでショーを発表。ミラノでの発表を経て、2020-21年秋冬シーズンにパリでゲリラショー形式で発表し話題を集めた。

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◉sulvam

緻密さと即興性が不思議なバランスで拮抗した服

sulvam(サルバム)というブランド名は、ラテン語で即興演奏を意味する。その名のとおり藤田哲平の作る服は、モデリストとしての緻密さとその時の感情でミシンを走らせたかのような即興性の両方が不思議なバランスで拮抗している。洋服の基本を守る部分と壊す部分。その両方が1着の服で感じられるのが、sulvamの最大の武器であり特徴なのだと思う。

パリ・メンズでの映像での発表に続き、4年ぶりに東京でショー形式で発表した2021-22年秋冬コレクションで掲げた言葉は“With clothes that walk with us”。「前だけを見て進んでいくこと。自分を信じること。悲観的にならず、楽観的に始めること。未来に向かって歩いていくこと」などの前向きなメッセージが込められたコレクションだ。新鮮だったのは円のモチーフで、レコードのような円形のパーツが安全ピンで止められたタートルニット、ポケットが円形になったチロリアン風コートなどを見せた。ノーカラーのキルティングコートは、裁断したストライプウールのパーツを上から縫い付けたユニークなデザインとなっている。

彼の軌跡を語る上で外せないのは、2017-18年秋冬のピッティ・イマージネ・ウオモでのショーだろう。世界に出てやるというギラギラした強い意志と、この時代の最大のキーワードだった“ストリート”の要素をテーラードと完璧に融合させた至極のコレクション。それ以前の東京、以後のミラノ、パリのショー、プレゼンテーションを、パリの初陣を除いてこの目で見てきたが、あの時のピッティを上回る感動を覚えたことはない。ぜひコロナ明けのパリで、師匠である山本耀司さんの1982年の“黒の衝撃”を超えるようなショーを見てみたい。

▶︎プロフィール

藤田哲平。1984年生まれ。ショップの販売員、バイヤーを経て、ヨウジヤマモトで企画・パタンナーを務める。2014年にsulvamをスタート。2015年に東京ファッションアワードを受賞し、パリで展示会を開催。2017年にピッティ・イマージネ・ウオモでショーを発表。ミラノでの発表を経て、2019年春夏シーズンからパリでコレクションを発表している。

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◉AURALEE

パリコレでも自然体を崩さないミニマリズムの旗手

日本にはミニマリズムを極めた素晴らしいブランドがたくさんある。COMOLI、YAECA、Scye、Markaといった展示会ベースで活動するベテランの「超絶的なクオリティの洗練された無地の服」は、個人的にはパリで華々しく活躍するブランドと同じくらい日本の宝だと思っている。AURALEE(オーラリー)のファーストシーズンの展示会で服を見た時の印象は、こうした無地のベテラン勢に続く存在になるのだろうということ。それから瞬く間に人気ブランドとなり、今ではドメスティックブランドとして売上高でも日本有数の存在になっている。

ファッションデザイナーは、ショーを始めるとクリエーションが少なからず変化する。ショー映えする服にチャレンジすることでバランスを崩してしまうデザイナーもいれば、新しい扉を開くデザイナーもいる。AURALEEは2019年秋冬でパリコレデビューして以来、3回ほどショー形式で発表しているが、完全に後者。ショー映えする服が増えた一方で、上質な日常着という軸はまったくブレていない。

2021-22年秋冬のキーワードは「癒し、ちょっとしたひと休み、静かな自信、エレガンス」。寛いだ雰囲気で長年にわたって愛用できるようなアイテムが揃う。チェックのテーラードスーツは程よくゆったりしたサイズ感で、足元には上質なレザー×ボアのサンダルを合わせる。希少なベビーカシミヤ100%の自然な色彩のコートは、リラックスしたラグジュアリー感が抜群に今っぽい。

AURALEEが秀でているのは、オリジナルで開発している生地の素晴らしさと、服と身体の間の空間の使い方の上手さ。前者は生地会社が母体というメリットを最大限に生かしているし、後者は着ると手放せなくなる不思議なバランス感覚を持っている。リアルクローズでパリに挑戦し続けるのは、モードで挑戦するよりも格段に難しい。でもChristophe Lemaire(クリストフ・ルメール)のようにその壁を乗り越えてほしいし、乗り越えられると思っている。

▶︎プロフィール

岩井良太。1983年、兵庫県生まれ。生地問屋のクリップ クロップを母体に、2015年春夏にAURALEEをスタート。2017年に南青山に直営店をオープン。2018年に「第2回 ファッション プライズ オブ トウキョウ」を受賞し、2019年秋冬からパリでコレクションを発表している。

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◉TAAKK

一気に才能が花開いた新・素材と加工の魔術師

最近は世界的にファッションの合同展示会が下火になってきている。その傾向はコロナ禍以前から続いていて、合同展でキラリと光る若手を見つけるのは難しくなってきている。TAAKK(ターク)の森川拓野と最初に出会ったのは、合同展示会の「ROOMS(ルームス)」で、その時がファーストシーズンだった。詳細は覚えていないが、とにかく超絶的に凝った素材のジャケットに目が留まった。以来、展示会をスキップしてしまったこともあるけれど、彼の苦難を伴う成長の歴史をこの目で見てきた。

苦難と書いたのは、これほどもがきながら自分のスタイルを確立させたデザイナーを他に知らないからだ。当初はISSEY MIYAKE色が強く、パリで展示会をするようになってからはストリート色とギミックを前面に打ち出すように。当初から変わっていないのは素材と加工の斬新さで、シーズンを重ねてもブランドの軸のようなものが見えてこないのが欠点だと思っていた。

パリの初陣となった2020年秋冬は、それまでのストリート&ギミック色を完全になくし、ジェンダーレス色の強いテーラードを軸としたスタイルを打ち出した。この変節が当たった。その後の2シーズンもこのテイストを継続したことで、新しいTAAKKの軸が明確になり、一気に世界的な評価を高めた。パリでは映像で、東京ではショー形式で発表した2021年春夏はこれまでのベストコレクションだったし、“Grounded in Unreality”をテーマにした2021-22年秋冬のインスタレーションも素晴らしかった。

パリ・ファッションウィークには、ショー枠と若手のプレゼンテーション枠がある。今は上がつかえている状況で若手がショー枠に昇格するのは非常に難しいのだが、TAAKKはコロナ禍の2020年6月(2021年春夏)からサンディカの公式スケジュールに入り、一気にショー枠に昇格した。今の東京での勢いを継続して、ぜひパリでも確固たる地位を確立してほしい。

▶︎プロフィール

森川拓野。1982年、神奈川県生まれ。文化服装学院を卒業後、イッセイミヤケに入社。2012年にTAAKKをスタート。2016年に東京ファッションアワードを受賞し、2017年秋冬に東京コレクションに初参加。2018年秋冬にニューヨーク・ファッションウィークに初参加。2019年にファッション プライズ オブ トウキョウを受賞し、2020年秋冬からパリでコレクションを発表している。

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◉YOKE

アートと物作りに精通した、遅れてやってきた実力派

ここ数年内にデビューした日本のブランドの中で、もっとも勢いのあるブランドのひとつがYOKE(ヨーク)だ。寺田典夫は、物作りに定評のある石川俊介のMarkaなどで経験を積み、2018年秋冬にブランドをスタート。この世代では遅いデビューとなるが、日本では層の厚い“無地系上質服”のカテゴリーで、人気YouTuberなどの後押しもあり一気に台頭。20〜30代の服好きの間で高い人気を誇っている。

ブランド名のYOKEは「繋ぐ、絆、洋服の切替布」などを意味する。その3つの意味のうち、もっともブランドを体現しているのは“繋ぐ”の意味。物が人を繋ぎ、人が人を繋ぎ、人が物を繋ぐーー。原料→糸→生地→裁断→縫製→仕上げの過程で何十人もの人が関わり、その仕事が繋がって1着の洋服ができることを強く意識した物作りを標榜している。

2021-22年秋冬のインスピレーション源は、ロシア系ユダヤ人でアメリカを拠点に活動した画家、マーク・ロスコの作品。色が重なり合うような独特の抽象画が投影されたモヘヤニットはシーズンを象徴するアイテムで、ロスコの作品を身につけるような感覚が味わえる。冒頭で“無地系上質服”とカテゴライズしたが、もはやその範疇を超えてきており、かなりデザイン性の強いものも増えている。来年の1月に予定しているパリでの展示会、3月に予定している初めての東京でのショー(プレゼンテーション)が今から楽しみでならない。

▶︎プロフィール

寺田典夫。1983年生まれ。文化服装学院卒業後、Markaやセレクトショップなど数社でデザイン、生産管理を経験後、2016年に独立。2018年秋冬にYOKEをスタート。2021年に東京ファッションアワードを受賞。2022年初頭にパリでの展示会と初めての東京でのショーを控えている。

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増田海治郎 / Kaijiro Masuda

ファッションジャーナリスト / 1972年生まれ。雑誌編集者、繊維業界紙の記者を経て、フリーランスのファッションジャーナリストとして独立。コロナ禍前は年間250本以上もの国内外のファッションショーを取材。著書に『渋カジが、わたしを作った。』(講談社)がある。新作だけでなく古着好きでもあり、相当数のコレクションも所有する洋服中毒者。